留まることはできない

 場所は打って変わって、ごくごく一般的な洋服屋へと移る。そこで聞かされた朝倉の提案に、またしても東鬼と日佐は頭を抱え胃を痛めることとなった。

「デモ隊に、乗り込む……?」
「正気ですか朝倉さん!?」
「本気ですよぉ。どうせ特高側に居たところで私たちは何もできないじゃないですか。それならデモ隊に回ったほうがマシですよ。素性のわからない私たちでも潜り込めますしね」

 朝倉は今にも鼻歌を歌いだしそうな勢いで近くの洋服を見繕っている。いかにも昭和、といったデザインの服からあれやこれやと引っ張っては戻す。
 彼女の言っていることはもっともだとは思う。へたに動けないならばデモ隊に混ざって周囲に合わせていたほうが幾分かマシだろう。いつ居なくなったとしても誰にも不審に思われないのだから。
 しかしデモ隊にいることで帰る情報が得られるとも東鬼は思えなかった。正確な情報を手に入れ確実に帰るなら、多少居づらくとも特高にいるべきだと考える。

「日佐、どっちがいいと思います?」
「どっちって……。そういう問題じゃないでしょう」
「じゃあこれは?」
「それならさっきの服の方が似合うとは思いますけど……」
「お二人共、いちゃつくのは構いませんけど」

 二人を横目に、ちらりとカウンターのある方へ視線を向けた。店主と従業員と思しき人物がひそひそと何かを囁きあっているのが見える。潮時だろう。

「ここから出ましょう。厄介なことにならないうちに」
「はぁ……。この格好じゃあ、おちおち買い物もできないってことですか」
「帰ってからならいくらでも付き合いますよ。東鬼さんに従いましょう」

 あからさまに不満を漏らしながらも大人しく店を出ようとする朝倉と宥めながらも従う日佐。元から頭は切れる二人は、居座り続けて面倒事に巻き込まれるよりはいいとすぐに判断したらしかった。
 商品をハンガーラックへと戻し、何事もなかったかのように店を出る。ありがとうございました、と告げる店員の声はどこかか細かったが、なんとか面倒事にはならずに済みそうだ。
 店を出て暫く歩くと、知らぬうちに詰めていた息を吐き出す。

「ちょっと危なかったかもしれないですね」
「こうなったら行き倒れから服を剥ぐしか……」
「朝倉さん、やめてください。やめてください」
「えー……」
「えーじゃないですよ流石にその一線は超えちゃ駄目ですよ」

 どうしてもデモに参加してみたいらしい朝倉が恐ろしいことを言い出す。不穏因子もここまでくると爆弾のようである。
 頼むから人道を外れることだけはやめてください。いや自分人じゃなくて妖怪ですし。そういう問題じゃないですよ。
 やんややんやと言葉を交わしていると、見慣れた制服の色がちらりと視界の端に映った。

「貴方たち、ここで何をしているんですか」

 後ろめたい会話をしていたこともあってか、少しびくつきながら声のした方へと振り返ってみる。

「詠谷?」
「詠谷さん!」

 知人、上司に似たその姿に思わず声を上げた。ひとり状況が飲み込めていない日佐は二人と一人を見て固まっている。
 突然呼ばれたその名に反応して、現れた男性は目を見開いた。

「確かに私は詠谷ですが……。以前どこかでお会いしましたでしょうか?」

 眉をひそめ、不安げに問うその男性にああいえ、と反射的に言葉を紡ぐ。
 よくよく見れば思い浮かべた人物よりも幾分か若く、実直そのままを形にしたような印象を受ける。恐らくこの時代の人物なのだろう。よく似てはいるが、別人だ。

「知り合いに似てまして……。まさか苗字まで同じだとは思いませんでしたが、失礼しました」

 へらりと笑って謝罪を述べると、そうですか、と特に気にした風もなく詠谷は納得したようだった。その様に、東鬼は心の中でひとつ大きくため息をついた。
 しかし危機が去ったわけではないらしい。話を戻しますが、と男は切り出す。

「貴方たちはここで何を? ……ああ、嘘はつかない方がいいですよ」

 鋭さを宿したその目に囚われ、朝倉は面倒そうに、日佐は途方にくれたように、東鬼は苦虫を噛み潰したようにお互いの顔を見合わせた。


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[こちら]の流れをお借りしました。
朝倉椋之介さん、日佐奏さん、詠谷尭一さん
→お借りしました。
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