微かな足掻き

 届けられた書状を読み終えるとぱたぱたとたたみ、はぁ、とひとつため息をつく。

「なんや面倒なことになっとるんですなあ」

 ころころ、ぱたぱたと鞠を転がして遊ぶ音と同じくらいのんびりと、邪鬼一門の次期当主たる魄はそう感想を漏らした。やってきた烏天狗の使者は恐る恐るといった風に現状を伝える。

「このままでは我ら妖怪は陰陽師に退けられ、奴らにこの出雲を取られてしまいまする。大内裏の貴族たちは法輪寺へと追いやられ、いまやご助力を請うことができるのはあなた様方をおいておりませぬ故……」
「儂ら以外にまともに動ける貴族妖怪がおらん言うことやな。……まあ、他の貴族らはほとんど大内裏に住んどるもんなあ」

 なおもゆっくりとした口調で話す魄に使者は不安を覚えはじめる。貴族といえど大内裏に住まうことも許されず、そのすぐ傍に屋敷を構えることも拒絶された一門のこと。協力しないと言われてしまうことも考えうる。もしくは協力する代わりとして対価を要求されることもあるだろう。
 使者が密かに冷や汗を流していると、相変わらずのんびりと、それでいて軽やかな世間話でもするかのようにぽん、と言葉がはじき出された。

「ま、ええですよ。儂らのような位の低い貴族でお役に立てるか分からしませんけどな」
「いえいえ、滅相もございませぬ」
「しかし助力言うたかて、お偉いさん方は近くに来られとうないんですやろ?」
「そ、それは……」

 思わず言葉に詰まった使者に対してええよええよと笑いながら制止する。自分たちの力故に忌み嫌われるのは、なにせ何百年と前から続いているのだし、そんなことは今更だった。
 そして一門のためにはこれはチャンスでもあった。恐らくこれが最初で最後の。床に伏せてしまった現当主の代わりである魄としてはどうでも良いことであるのだが、断ったとあれば今なお再興を夢見る分家から野次が飛んでくるのは必至だろう。お家騒動はなるべく起こしたくはない。

「せやけどほんなら、やり方は儂らに任せてもらえるんかいな?」
「はい……。陰陽師を大内裏からおびき出す、または奴らの気を逸らせることができればと」

 なるほど、とひとつ頷く。それならば確かに法輪寺へ出向くことも大内裏へ出向くこともしなくて良い。陰陽師たちにとって大事となるような騒ぎを起こせば良いのだろう。

「ほんならこの役、引き受けましたわ」
「有り難う御座いまする。では、私はこれで」
「おおきに。お気をつけておかえりやす」

 ばさりと黒翼を広げて彼方へ飛んでいく使者を見送ると、てんつくてんつくといまだに鞠で遊んでいる妹たちに声をかけた。

「楸、椿。お仕事や、出掛けるで」
「おしごと?」
「どこへ行くのん?」
「ちょっとそこまで、やな。お散歩ついでに行こか」

 そう言って手袋越しに双子の手を片方ずつ両手につないで、日も暮れ始めた街の中を数日ぶりに歩いていくのだった。


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