巡り廻りて傷跡ひとつ

 見知った顔が点々と、打ち上げられた魚のようにしてしろいベッドへと横たわっている。今や妖怪が殆どを占めているこの病院は、その白にそぐわない血の匂いが充満していた。そこかしこから聞こえるうめき声は意識ある者のあらゆる意欲を削ぎ落としていく。
 やれやれといった様子で病室を見回したあと、愛しい妹たちへと視線を移す。流れ弾に当たり腕や顔、足に怪我を負った上意識を飛ばしてしまった妹たちを見ると、この戦いに「なるべく関わりたくない《などとぬるいことを言っていられる事態ではないと痛感する。

   *

 あの日帝一族の使者が帰ったあと、魄と楸、椿の3人は白鷺塾へと向かって行った。残っている者がいればその人物を使うこともできるし、いなければ塾になんらかの細工をすることで法輪寺から一時的にでも目を逸らすことができるかもしれない。そう考えてのことだったが、実際は何もできずに終わった。
 塾の中は完全に無人だというのに、あいも変わらず強い結界が辺りに張り巡らされておりすぐ側に行くことすら叶わなかった。

「イキモノの気配はせえへんのにこないな結界張っとるんか……。よっぽど大事なモンでもあるんかいな《
「魄にい、体が痛い《
「ここまで来てなんも出来ひんのは悔しいけど……まあ、大帝さんたちには何とかして自力で抜け出してもらわんとあかんなぁ《

 これ以上踏み込むとまだ出来上がっていない幼い体の2人に負担がかかるからと引き返そうとし、振り向いたその先に立ち上る煙は一体何なのか直ぐにはわからなかった。ちょうどその真上であろう空は夜だというのに煌々と明るく雲が照らし出され、恐らくこちらとあちらの戦いが起こったのだろうと予測された。
 急いで屋敷へと戻るも遅く、白鷺塾側へと上がった軍配はほうぼうへ逃げようとする妖怪たちを一斉に西へ西へと追い詰めていく。そこかしこで剣戟の音が響き弓矢が行きかい、そのうちのいくつかが流れ弾としてただ逃げ惑う妖怪たちを襲った。それは魄たちにも当然牙を剥き、ほんの少し後ろを走っていた妹たちは小さな体にいくつもの傷を受けたのだ。

   *

 手袋越しに強く、強く己の手を握り締める。妹たちを庇うことができなかった事に対する自責の念と、大帝を連れ去った上での白鷺塾の言い分に対する憤りからくるものだ。「大人しく降伏すれば誰も傷つけない《など、脅迫をかけてくる相手の言葉にはい分かりましたというような良い子の返事などできるはずもない。
 いずれ滅び行く一門の身としては、戦など参加せずにこのまま後生を過ごせれば良いと考えていた。だからこの大乱は決して魄の望むことでないにせよ、大帝にはその先祖からの大恩がある。
 このまま終わらせるわけにはいかない。それが正直なところであった。周りにいる貴族たちも気位の高い者たちばかりであるし、当然このまま降伏することなどしないはずだ。
 しかし自分たちでは迂闊に動くことすらできない。すっと席を立つと病室の外、1階の待合室へと足を運んだ。

「䰡永兄さん《

 腹部をおさえ人目もはばからず長椅子にごろごろと転がっている、一門の中でも異質なその人物に声をかける。䰡永と呼ばれた青年はくるりと呼ばれた方へ顔を向けると、あ、と小さく声を上げた。

「本家の魄くん!《
「お久しぶりです《

 軽く頭を下げ会釈する。本家と分家の差はあれど目上の人間に対する礼儀を弁えてのことだ。そのままするりと䰡永の傍へ歩み寄ると、魄はさっそく話を持ちかける。

「お互い大変ですなあ。こんなところに閉じ込められて……。兄さん、お腹空いてはるでしょ?《
「うん……。父様に人も妖怪もあんまりおそうな、って言われたし、でもえいくんお腹すいて死んじゃいそう……《
「兄さんは何も悪いことなんてしてませんのにね。……せや。こっそりと、やったら襲っても大丈夫とちゃいます?《

 䰡永の能力は“記憶を奪うこと”。なりふりなど構っていられないと思い立った魄は彼に相手方の記憶を消すことによって場を混乱させろ、と暗に言ったのだ。その意図が伝わっているかどうかはともかくとして。

「こっそり? 行ってもいいの?《
「もしバレてもうたとしても、儂が責任持ちますよ《

 にっこりと笑いかけると、䰡永は分かりやすく破顔した。すぐにでも駆けていこうとする彼に人間だけを襲うように言いつけると、こくこくと頷いて裏口へと向かっていった。

「2、3人片付けてくれればそれでええんや。それだけで状況は変わるはず《

 それに他の貴族たちも、そろそろインターバルを終えて動き出すはず。
 ぼそりと呟いた言葉は冷たい空気に消えていった。


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