気狂いを愛せよ

 待ち合わせをした西京駅の構内、監視カメラから外れた死角にある薄暗い場所で東鬼は待ち人をいまかいまかと待ちわびている。
 相手から持ちかけられた場所で持ちかけられた時間をとうに過ぎても現れない人物に少々苛立ちつつ、それ以外の場所では都合が悪いためここに留まっているしかない。それがとても歯がゆい。
 やがて待ち合わせの時間から1時間経とうというところで、ようやっと相手の顔を見つけた。

「遅いですよ、閻羅さん。どこ行ってたんです」
「どこにも行ってませんよ。ただ休暇申請を通してきただけです」

 その割にはやつれたような顔をした閻羅に首をかしげながら、手にしていた紙袋をがさがさと手渡した。

「少し大きいとは思いますけど、特高の制服です。……くれぐれもバレないように頼みますよ」
「お前と違ってそんなヘマはしませんよ」

 一言の礼も言わずに当然のように紙袋を受け取ると、さあ行きましょうか、と東鬼に声をかけた。

「あれ、ここで着替えないんですか?」
「ここはどうやっても人目につくんですよ。さっきバレないように、と言っていたのはどこの誰ですか? 使えない脳みそですね」

 辛辣な物言いにも慣れたものだ。はいはいとおざなりな返事をしながら、言われるがまま連れられるがままにその場をふたりして後にするのだった。


* * *


 人の少ない公園のトイレで着替えを済ませ、近くの駅のコインロッカーに荷物をあずけた2人はそのままNECTARの検問所へと顔を出す。
 各々渡された令状を見せるために一応、と顔をのぞかせた瞬間、東鬼は思わずあ、と声を漏らした。

「あれ、東鬼じゃないですか。お久しぶりですね」
「ああ、はい。どうも」

 覗いた先には去年なんやかんやと巻き込まれた先で知り合った朝倉椋之介の姿があった。特高に所属している以上根が悪い人物ではないのだが、どうにも苦手な人物のため返事が無愛想になってしまう。
 しかしそんな東鬼に対して気に留めた様子もなく、椋之介はもくもくと検問所にある記録を漁っているようだった。東鬼と常闇に視線を向けたのもほんの一瞬で、すぐに紙束へと視線は戻っていく。

「あんたも強制突入ですか。まあせいぜい怪我しないように気をつけてくださいよ。なんだか物騒なものもあるみたいですしね」
「物騒なもの、ですか?」
「そうそう。警備用ロボットとかなんとか。まあ倒れれば起き上がることは出来ないみたいなんで、何とかしてください」
「はあ、そうなんですか。忠告ありがとうございます」
「どういたしましてー」

 ぺらぺらと紙を捲っては読み終えたものを隣に積み上げていく。時折気になる箇所を見つけるのか、彼女が持ち込んだのであろうノートとにらめっこをしていたりと中々忙しいようだ。
 彼女に常闇をまじまじと見られた上に質問されるのは得策ではない。そう判断して早々に検問所を後にすると、ふたりはようやっとだだっ広い研究所内へと足を踏み入れた。

「さて。無事に入ることには入れましたけど、どうしましょうかねえ」

 すでに捜索がいたるところで行われ、かつついでにとばかりに研究員の研究内容にまでちょっかいをかけているのか、いたるところで行われているのであろう喧騒が聞こえる。普段は物静かなのだろうと思しき研究所内は、その白く整然とした構えとは裏腹に騒がしかった。
 こういうときの状況判断に関して、現場にいる自分よりもよっぽど優れているのは駅員として働いている常闇だと知っている東鬼は、どうします、と短く問いかける。彼の犯罪者に関する行動パターンの知識は恐ろしいまでに豊富だ。元々が罪人を裁く神であったのだから、当然といえば当然なのだが。

「とりあえず奥を目指しましょう。上層階にはいないでしょうから、どこか地下がありそうな場所を見つけるのが手っ取り早いですかね」
「地下ねえ」
「いつの時代もモグラはモグラらしく、地下にこもるのがお好きでしょうしね。正攻法は無駄でしょうから、片っ端から叩き壊すつもりでいきなさい」
「はいはい。実際に壊すと後が怖いんで、まあ音を確かめながらですね」

 かつんかつんと大きく足音を立てながら歩きつつ、東鬼はふとした疑問を投げかける。

「そういえば、よく休暇を取りましたね。職場からは離れないとばかり思ってましたけど」
「……離れたくなんかありませんでしたよ」

 おや、とひとつ頭をひねった。東鬼の中の面倒くさいことが起こるであろう予感がビィビィと警鐘を鳴らしている。
 そしてそういった予感だけが、彼は特に当たるのだ。

「離れたくなんかありませんでしたよ、ええ離れたくなかった。きさらぎさんの傍を離れるだなんて耐え難いですよ。ただでさえ鮫島愁太郎が行方知れずだと聞いて不安そうな顔をしていた彼の傍を離れるだなんて。僕が休暇申請をした時のあのどろどろとした目を見れなくなるだなんて! それでも僕はきさらぎさんの為に動かなければならないんです。鮫島愁太郎のためにきさらぎさんを後追いなんてさせてたまるものですか。彼にはもっと生きていてもらわなければ僕がここまできた意味がないでしょう」

 語気荒く朗々と語る常闇に苦笑いを浮かべつつ、東鬼は心の底できさらぎ電鉄を憂い、そして自身の失言にほろりと涙を流すのであった。


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朝倉椋之介さん
→お借りしました。
不都合ありましたらパラレルとして扱ってください。