スターターピストルを鳴らせ

 どんどん、と足音荒く歩きながら空洞のありそうな場所を探し歩く。右も左も分からないままに進んできたが、先ほど理化学研究所と書かれたプレートをくぐってきたのでおそらくその研究所なのだろうことは分かる。しかし同じような扉ばかりが立ち並んでいるからか、どうも前進しているようには思えなかった。
 勘が冴えているというか犯罪者に関するパターンを相当数持ち合わせている故に、本当ならば閻羅に先導してもらいたいところなのだが、生憎彼は現在変装中の一般人で表立って歩くのはあまりよろしくない。となると、やはり必然的に東鬼が先導するしかないのだった。
 方向感覚はそれなりにあるとはいえそう優れているわけでもない東鬼は、眉間に皺を寄せつつ進んでいく。すると角を曲がったところで、予想だにしなかった大きなものと遭遇した。

「……なんだこれ」

 茶筒、といえば茶筒のような。けれど四方に取り付けられがしゃがしゃと上下運動を繰り返す足のようなものから察するに、これはおそらくロボットの類なのだろうということしか分からない。
 どうやら自分で起き上がる設計ではないらしく、機械的に足をじたばたとさせるそれをしゃがみこんでじっくりと見回す。

「へぇー。こんなモンも作ってるんですね」
「呑気に眺めてる時間があるんですか」

 まるで子供のように目を輝かせてロボットを見つめる東鬼を叱咤しつつ呆れたようにため息をついた閻羅によって、東鬼はようやっと畳んでいた足を伸ばす。
 時間がないのは確かだ。鮫島愁太郎を救出できなければ、自分にも今現在相棒となっているこの駅員にも不利益が生じかねない。それを何としてでも阻止するための強制突入ではあるのだが、いかんせん何の手がかりも手に入れられていない状況で危機感を持てと言われてもそうそう持てるものではなく、どうにも緩んでしまう。
 ああはいはい、とやはりおざなりな返事をしながら立ち上がってさあ再開だと歩き出す。あっちを右にこっちを左に。狭かったり広かったりと存外変化のある同じ色の廊下を進んでいくと、やがて遠い先になんとも言えない凸凹とした3人組が見えた。
 背後から付いてきていた閻羅の方も気づいたのか、警戒しているオーラがびしばしと東鬼の背中に当たってくる。
 どうやら向こうもこちらの存在には気付いているようで、お互いに警戒していることだけは相手が微動だにしないことから分かる。きっと臨戦態勢を取っているのだろう。それもそうか、いまここは戦地といっても差し支えがないほどにごった返しているのだから。
 何はともあれ、最終的には実力行使になるのだ。あまり警戒することにばかり精神をすり減らすわけにはいかない。必要最低限に警戒しながらもゆっくりと東鬼は通路の先の人物たちへと近づいていった。

「……あ」

 本日二度目のまぬけな声を上げたところでようやっと相手の視界にも自分たちが入ったのか、閻羅以外の居合わせた人物は臨戦態勢を解く。
 両脇にいる人物は見覚えがないが、中央に立つひときわ身長が高い男には見覚えがある。というか、東鬼の所属する一課の中の知り合いであった。
 酢漿草善知鳥という男とは一課同士で繋がりはあれども、そう対して言葉を交わしたわけでもない。頭が切れ、尚且つおそろしく身体能力が高く、まるで特高に所属し犯人を追い詰めるために生まれてきたような男だということだけは知っている。
 いまだに背中でぶっすりとしている閻羅にため息をつきつつ、次から次へと面倒事が舞い込んでくるなあと現実逃避をしたくなった東鬼であった。


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酢漿草善知鳥さん
→お借りしました
セカンド・エラー』と『僕等はいつも失敗しては繰り返す』の流れをお借りしています。
不都合ありましたらパラレルとして扱ってください。