混沌と苛立ち

「君は確か……」

 かけられた声にぎくりとする。後ろめたいことがあるときの反応は、人間も妖怪も関係なく心の臓がひやりとするものだ。
 ははは、と乾いた笑いを漏らしながら必要以上に近づかないようにと注意をしつつ、東鬼は言葉を返す。

「ああどうも、酢漿草さん、ですよね。同じ一課の東鬼です」
「ああ、そうだったな。すまない、どうにも君とはあまり接点がなかったものだからな」
「まあ、そうっすよね。担当の事件も違いましたし」
「オマエらの関係は分かったある。ところで、後ろにいるヤツは誰か?」

 ふんふんと鼻を鳴らしながら近づいてきた小柄な女性に、内心しまったと冷や汗を流す。動物の妖怪らしく青い耳と尻尾を持った彼女は、どうやら閻羅に興味津々のようだ。ぐるぐると彼の周りを回っては様々な角度から覗き込んでいる。
 その度に下がっていく閻羅の機嫌をこれ以上下げないためにも、東鬼は慌ててふたりの間に体をねじ込んだ。

「ああいや、こいつはその、そう、ちょっとそこで知り合ったんですよ! いやあどうやら新人らしくって、危なっかしかったもんで一緒に来たんです!」
「特高の新人か。それにしては、随分と制服が合っていないようだが?」

 動きを阻害されてむっとした猫のような女性よりもさらに小柄な青年から最もな指摘が飛ぶ。尖った耳やあまり見かけない黄金色の髪から、おそらく天照の外から来たのだろうことが分かる。
 その最もな指摘に対しても、ええと、それはその、とくるしい言い訳をなんとかひねり出す。

「こ、こいつちょっと背が低いのを気にしてるみたいで! それで意地張って大きめのサイズを発注したらしいんですよ!」

 背後からの不機嫌オーラが確実に増したが、それ以外にまともな言い訳も思いつくわけもない。ここはひとつ我慢してもらうしかないというのも分かっているのか、だからこそ余計に不機嫌なのか。何も言わない閻羅に肝を冷やしつつも笑ってなんとか誤魔化せないものかと思考を巡らせるが、そううまくいくはずもなかった。
 ひょっこりと東鬼の盾から閻羅を覗いた女性は、でも、と声をあげる。

「ソイツおかしいある。特高の制服着てるのに、匂いが全然違うニャル」
「うっ……」
「……どういうことだ、東鬼」

 3人から一斉に嫌疑がかけられる。もはや言い逃れもできない。正直に告白して、いっそのこと始末書を書いて処分を受け入れる方がマシかもしれない。
 そう思い腹をくくると、ここでようやっと一言も発していなかった閻羅が声を出した。

「東鬼は関係ありませんよ。僕が勝手についてきただけですので」
「閻羅さん!」

 ここにきてようやっとまともな発言をした閻羅を見直しつつ振り返ると、普段あまり着用されていないのだろう。ほぼ新品のままだった帽子を脱いでぼそりと東鬼にだけ聞こえる声で呟く。

「まあそれでも、あなたが始末書を書くのは逃れられないでしょうけれどね」
「ぐっ……」
「関係あるかどうかはどちらでも良いが、君は一体誰だ?」

 眉間にシワを寄せたまま見下ろしてくる酢漿草を睨みつけながら、閻羅はふてぶてしく自己紹介をする。

「ただのしがない駅員ですよ。同僚の友人がさらわれたと聞いて、なにか力になれないかと思いまして」
「一般人を巻き込むのは感心できないがな」
「職を離れれば誰しもが一般人ですよ。あなた様方より頭の出来はいいつもりですので、使えるものは使えばいいんじゃないですか?」
「貴様に言われずとも、使えるのなら使わせてもらうさ」

 閻羅が口を開くことによってさらにギスギスとした空気が広がる中、先ほどの女性が仕切り直すように声を上げた。

「そんなことより、さっさと地下を見つけるある。ワタシのナマエ、霞雅文。オマエはシノギだったあるな。ソッチのオマエもナマエ言うよろし」
「あなた様は合理的なようですね。名でしたら常闇とでもお呼び下さい」
「面倒なことがキラいなだけあるよ。ほら、オマエらもさっさと挨拶するね」

 そうつっつかれてようやっと、後ろに控えていた男性二人もしぶしぶ自己紹介を始める。

「己れは酢漿草善知鳥だ。君を守れるかは分からんぞ。なにせ非常事態だからな」
「身どもの名はバーソロミュー=ユリシーズ=デイモンだ。由緒あるデイモン家の名を聞けただけ有難いと思え」
「あなた様方の名など覚えなくとも支障はないでしょう。さっさと鮫島愁太郎の捜索を再開しますよ」

 やはり余計な一言によって険悪な雰囲気となった急作りの一行は、睨みを効かせるものと意に介さないもの、通常業務に戻るものと面倒な事態にふてくされるもの。そして頭を悩ませるもので黙々と地下を探すことにするのだった。


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酢漿草善知鳥さん、霞雅文さん、バーソロミュー=ユリシーズ=デイモンくん
→お借りしました。
不都合ありましたらパラレルとして扱ってください。