イベントは駆け足でやってくる

「そのウドンってやつに使われてるスープがまた美味かったんだよ。コンソメともブイヨンとも違うんだけどよ。天照の伝統パスタがやべぇのは”飲める”ってトコだよな」
「へぇ。あっさり系? こってり系?」
「あっさり!!」
「動いてんじゃねえ!」
「い゛ッ」

 怪我人の傷口に消毒液を塗り込んで無理やり黙らせる。当の本人は悶えているが、それを見守る話し相手は愉快そうに笑った。
 ロイがズリエルによって支えられながら医務室代わりの客室に来たのは、本当につい先ほどのことだ。打ち身に擦り傷、切り傷、捻挫。軽症のオンパレードを背負ってフィールドワークから戻ってきた彼は、丁度部屋にいたフラウによって手荒い治療を受けていた。
 怪我の原因はバイクでの衝突事故……にはならなかったが、目の前に飛び出して来た人物を避けようと全力でハンドルを切り、そのまま横転したことに起因する。なぜかその後事故りそうになった相手の誘いで傷だらけのままうどん屋へ入りご馳走になり、傷がひどく痛みだした頃に奇跡的にほぼ傷や凹みができなかった相棒のバイクに乗って帰ってきたのだ。

「つーか怪我したんならさっさと帰ってこい」
「正論」
「いやでもマジ美味かったからズリエルもフラウも一回食ってこいよ。んで帰ったら再現しようぜ!」
「そんなに言うなら今度連れてってよ」
「いいぜ!」
「あ゛!? いいワケあるか捻挫してんだぞ安静にしてろ!!」
「っていうか事故った子も面白いよね〜。普通怪我人連れてご飯とか行かないでしょ」
「テンパった挙句の果てにウドン食いに行きましょう! だからな。笑ったわー!」
「人の話聞いてんのかテメェら!!」

 喧々諤々。治療中だというのに騒がしい一室に、コンコンとノックの音が響く。フラウの返事でドアが開くと、くぐるようにしてメルヴィが顔を出した。

「あれっ、珍しいね。怪我でもした?」
「いや、怪我じゃないんだがフラウさんに用事があってな」
「ハァ? 何だよ用って」

 ズリエルの質問に答えて帰ってきた自分の名前に疑問符を浮かべる。フラウとメルヴィは特別親しいわけでもなんでもない。どちらかというとほぼ面識がないにも等しい。だというのに治療以外で用事があるという。

「先ほどシルヴィが貴方を探していた。手あたり次第回っているからいずれ来るとは思うが、一応」
「……アイツが、呼んでた?」

 嫌な予感しかしない。名前を聞いた瞬間に苦い顔になるフラウ。あの犯罪に片足を突っ込んだ猪突猛進娘がフラウを呼んで探すときは大体その猪突猛進が天元突破した時だ。要約するとテンションがあまりにも高い。そして巻き込まれる。絶対にだ。
 今までの経験からどう行動しようとも巻き込まれることが分かっているフラウは、渋い顔をしつつ黙々とロイの治療を進める。せめてこの怪我人の治療が終わってから出会いたいものだ。いや、そうであって欲しかった。廊下を走る軽やかな靴音が聞こえなければ。

「メルヴィさーーーん!! フラウさん見つかりましたか!?」
「ああ、丁度ここに……」
「フラウさんっ!!!」

 がばっ! という擬音が聞こえてくるほど勢いよく入ってきた少女。透き通る青い瞳をきらきらと輝かせながら周囲の人間をものともせずフラウの腕を取ってぐいぐいと引っ張る。

「自転車! 自転車が来ました!」
「自転車ァ?」
「ほら、歩き回るのってすっごく疲れるじゃないですか! Mr.Dが円滑な調査ができるように、ってレンタサイクルの使用を認めてくださったんですよ〜!!」

 言われてみれば、交通機関を使った移動から先はすべて徒歩でこなしていた。ブリテンであれば調査の大半は自前の箒でなんとかなっていたが、異国の地ではそうすることもできない。かといって車やロイの乗っているバイクなどではコストがかさみ過ぎる。
 少し前からどうにかできないかと思案していたのは知っていたが、シルヴィが来て初めて、レンタサイクルの使用が認められたことが判明した。

「そーかそーか、だが俺ァまだ治療が終わってねェから行かねェぞ」
「でもっ! わたし箒は得意ですけど自転車は上手く乗れないので!」
「聞いてねェなお前」
「フラウさん代わりに漕いでください!」
「はァ!?」

 あまりにも唐突な無茶振りである。周囲に助けを求めたいが、ロイとズリエルは笑っているし、メルヴィはどことなく可哀想な目を向けてくる。同じ女性であってもシルヴィを止めるのはかなりの困難、といったところなのだろう。

「だーーから俺は忙しいんだ!!」
「じゃあ待ちますから!! ロウェルさんは別の人と行っちゃったし……」
「もうちょっとで終わるんだし、いいんじゃない? シルヴィちゃん何か飲む? なんでもって訳にはいかないけど」

 嵐のようにやってきて突然凪いだ勢いに罪悪感を覚える。シルヴィはお礼と共に紅茶を注文し、ズリエルが部屋の外に出ていくとともにメルヴィも本来の仕事へと戻っていった。
 早く治療を済ませて調査に行ってやろう。つーか怪我しすぎだろう。
 そんなことをつらつらと考えながら、最後の包帯を巻き終えてべしっと傷口をひとつ叩いた。


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BC財団 警備員 ロイ・エンフィールドさん、研究員 ズリエル・アボットさん、調査員 フラウ・ミンゴレッドさん、シルヴィ・クロウリーさん
→お借りしました。
不都合ありましたらパラレルとして扱ってください。