足掻け、恩寵を受けし者



「邪魔だッ!!」

 吠える。何かが地面に叩きつけられる音が鈍く響き渡った。
 明らかに実用ではない大きさと重さを兼ね備えた戦斧を振り回し、アンジェリカは苛立ちのままに襲い来る「何か」を退けている。周囲には同じ部隊の者も何人かいるが、自国とは勝手が違い聖痕による力が使えないためか、いくらか苦戦しているようだった。
 突然の慣れない地震によって多少のパニックに陥ったものの、それ自体はすぐに収まった。問題は、そう。目の前にこれでもかと広がる濃い霧と、そこから突如として襲い来る「何か」だ。それは海洋生物の触手めいていて気味が悪い。おまけに棘には毒性があるようで、思うように体が動かないことにもアンジェリカの苛立ちは増していく。
 小さく舌打ちをし、転んだ兵士に襲い掛かる触手に斧を叩きつける。叫び、吠え続ける限り彼女は斧を振るうことが可能だが、腕に力が入らず滑り落ちそうになる。聖痕異能により獲得できる武器とは違い、一度手放せば新しい武器を取得するのは難しい。ああ、非常に厄介だ。
 何とか触腕を切り離し「何か」を退ける――この点においては幸運だった。四肢を切られても立ち向かってくるのであれば、生存は絶望的だっただろう――と、今度は明らかに軍人ではない声がそこかしこから聞こえてくる。

「今度は何だ!」
「ん〜、どうやら一般の方々が演習場に入ってきちゃったみたいですね!」
「あ゛!?」
「ほら、一般公開もあるって言ってたじゃないですか! 多分きっとソレですね!」

 喧騒に紛れ、いつの間にか近くにいた明るい髪の女性が笑う。制服を見る限りトメニアの者のようだ。手には武器ではなく、カメラを持っている。

「おい、オマエ……」
「ナゾの触手、逃げ惑う一般人、背後から襲われ引き攣る顔……うーん、これはいい画になりますよ!」
「……は?」
「という訳で、私はあっちに行ってきますね! かわいいあなたもお気をつけて! あっ襲われたときは言ってくださいね。撮りに来ますから!!」
「オイ!」

 それじゃあ、と言葉を残して、女性は颯爽と霧の奥へと走り去っていく。武器も何も身につけていない状態で、何かを撮影しに行くなど正気の沙汰ではない。

「クソッ。おい、隊長! 市民が入ってきたようだぞ。どうする!?」

 一般人の救助は優先事項だ。けれどここに居る仲間を見捨てて行動することも出来ない。なにより、個人の判断による行動は軍として一番に避けるべきことでもある。
 異能を行使して対抗しているのだろう。霧の中でもひと際輝く場所に向かって声を掛けると、直ぐに張り上げた低音が返ってきた。

「敵を牽制しつつ一般人の救助に向かえ! どこか安全な場所に避難させるのだ!」
「安全な場所ってどこだよ!」
「天照軍の者にでも聞け! 俺もすぐに向かう!」

 舌打ちを一つ。確かに地理に疎いのだから、同じように襲われている天照軍の者を適当に拾って案内させるのが早いか。いっそ天照の一般人を抱えて案内をさせたほうが早いかもしれない。
 光に背を向けて走り出す。近くの武器を拾い投げながら人の合間を縫い、演習場の外へと向かう。ガリガリと斧で地面を削りながら、そう遠くないうちに異能も使えなくなるだろうことを予感した。
 せめて体が動くうちに、安全な場所にたどり着かなければ。

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エリザベート・グランツさん、ヴェンツェンツィオ・カプラさん
 →お借りしました。
不都合ありましたらパラレルとして扱ってください。