旅のしおりと霧の島・前
「静岡や!」
「お疲れ。課題どうだ?」
「順調というほどでもないが修羅場を通るほどのものではない」
「そりゃ良かった」
「いや待って? おれの話無視せんといて?」
ついうっかり掛けられた言葉に真顔で返答してしまったが、求めていた答えとはだいぶかけ離れている。自分とはまた違う意味でマイペースな友人に待ったをかけ、不二見ヨースケは話を本題に戻した。
「陸朗、静岡行こうや」
「なんでまた静岡?」
「特に理由は無いねんけどな」
「理由ないのかー」
「強いて言うなら富士シーアイランド」
天照屈指の水族館、富士シーアイランド。水中にいる海洋生物たちを水の中から間近で見られるとあって、天照においてその名前を知らない人はいないほどだ。なんたってCMの曲が頭に残る。
陸朗は「そういえばそんな所もあったなあ」と思い返しつつ、それで? と話を投げかける。
「行くのは構わないけど、今回は何が目的なんだ?」
「慰安旅行」
「男二人で慰安旅行も何もないと思うんだけど」
「ええねん! 日々の勉強というストレスから解き放たれるって意味でつこてんねんから!」
「法学部でその言葉のチョイスはどうかと思う」
静かに首を振る。お前は文系だろうに、という哀れみを込めて。
そんな哀れみを知ってか知らずか、まあちょっと聞いてやと言いつつ、ようやっとヨースケは腰を下ろす。陸朗の家へ上がり込んで勢いのままずっと立っていた。そろそろ疲れる。
「とりあえず明日から出かけようと思うねんけど」
「急すぎない?」
流石に待ったをかける。
ヨースケが唐突に何かを思いついて計画し、それに巻き込まれることはほぼ常であるから特に問題はないとして、明日というのはいくらなんでも急すぎる。第一そんな短時間では旅行の準備など出来そうもない。太陽はとうに沈み路上に漂う夕飯の香りもほぼほぼ消え、近くのホームセンターはあと1時間としないうちに閉まるのだ。ついでに洗濯は休日の明日にまとめてしようと思っており、着替えすら用意が難しい。
いくらなんでも明日は無理だ。というか無茶だ。相変わらずこの友人は頭はいいくせに発想が突飛で付いていけない。
しかし陸朗のそんな抗議を見越してか、まあまあと宥めると渾身のドヤ顔を披露する。
「お前の分も用意はしてあるから。三日分」
「なんで?」
「無理って言われるん分かっとって用意せんと思う?」
「普通は用意までしないと思うけど」
ごく正論である。ごく正論ではあるが、それが通用するなら妖怪やってないのである、とばかりに何処からか取り出した荷物をどさりと置く。大きめの旅行鞄がパンパンに膨らんでいて、果たして本当に三日分なのかどうか疑わしい。絶対もっと多いだろ。
「とりあえず明日六時に迎えに来るから、ちゃんと起きて準備しといてや!」
「うーん。……まあ、分かった」
「よっしゃ! 絶対やで!」
了承した途端に、ぱあっと顔が輝く。そこそこに授業を受けてそこそこに勉強すればいい自分とは違い、常に勉強に追われている友人からの頼みだ。少々強引だろうと何だろうと、まあ多分楽しいことに変わりはない。
来た時と同じように元気よく帰っていくヨースケを見送ると、さて彼が持って来た鞄の中には何が入っているのかを確かめるために、ファスナーに手を伸ばした。
早朝から新幹線に乗り数時間。あっという間に静岡県へと到着した。
秋晴れの空に心地よい風、気候も暑くもなく寒くもなく。絶好の旅日和といったところだろう。早くに家を出て昼近くということもあり、男二人の腹がぐぅと文句を垂れた。
「さすがに菓子だけじゃ腹は膨れないな。どっか適当に寄って飯でも食べるか」
「せやなあ。駅弁を朝飯がわりに食べてしもたしなあ」
「というか一つ聞きたいんだけどさ」
「ん?」
「なんで俺の荷物の三分の二が菓子だったわけ」
昨晩鞄の中身を確認するためファスナーを開いた陸朗は開いた口がしばらく塞がらなかった。
百均で買ったのであろう下着類と、大学に近いヨースケの家に置きっ放しにしている寝巻きが入ってはいたが、それ以外は全てお菓子で構成されていた。
たしかに陸朗はほぼ常に何かを口にしている。特に本人が好きな甘いもの、とりわけ菓子が常にそばに置いてある。しかしここまでぎっしりと詰まっているのは完全に予想外だった。
ひょっとして3年以上友人をやっていて菓子が主食だと思われていたのだろうか、そんな不安までよぎる。当の本人は気の抜けた声を上げて返答した。
「ピクニックにお菓子は付きモンやろ?」
「慰安旅行じゃなかったの?」
「慰安旅行やで?」
もう訳がわからない。この関東人感覚だけで喋ってるな。
とりあえず主食とまでは思われていなかったことに安堵し、さてどこで昼食を取ろうかと辺りを見回しながら歩き始めた時だった。
――突如、地面が揺れ始める。
咄嗟にしゃがみこみ周囲に倒れてきそうなものがないかを確認する。幸いにも周囲には背の低い建物ばかりで、突出した建造物はないようだった。
長く長く揺れは続き、それと同時に遠くからまるで唸り声のようなものが聞こえてくる。それが<地面が空中に浮かび上がった音>だと知ったのは、もう少し後のことになる。が、兎にも角にもその異様な音、雰囲気、続く揺れ、全てに二人は慄いていたが、それも十数分の後にピタリと止んだ。揺れが収まると同時に地元の人々がわらわらと出てきて、辺りは騒然とする。二人もそれに巻き込まれるようにして立ち上がった。
「一体何だったんだ、今の……」
「よう分からへんけど、まずは状況確認が先やな」
「だな。さっきまで聞こえてた音が何かも気になる」
意見は一致した。そして何より二人は腹が減っていた。
情報収集をしつつ食事を済ますために、人の波に飲まれながらも二人は道沿いを道沿いを歩いていく。
やがてたどり着くのはホームセンター富士見屋。人がごった返し、大抵のものが置いてある、籠城場所であった。
---------------
ザ・自キャラ祭り。