旅のしおりと霧の島・後1

 もう既に店内は人でひしめき合っているというのにも関わらず、外から人がなだれ込んでくる。単純に避難場所として選んだ地元住民から、とりあえず人のいる場所へ行こうとやってきた観光客。中には近くで行われていたという軍事演習場からやってきた軍人なんかもいる。
 陸朗とヨースケも観光客枠として入店した口だが、今や店のエプロンを身につけ他の店員と同じく慌ただしく動いていた。というのも、入店直後の慌ただしさに「せめて何か手伝おう」とヨースケが言い出したからである。
 休日で既に忙しいにもかかわらず異変が起こってこの有様だ。観光客と言えどただ甘えているわけにもいかないし、なにより自分たちは学生で体力も気力もある。食料も頂いたし、恩を返さない訳にはいかないだろう。
 
「旅は道連れ世は情け、人助けで功徳を積めば貴方もハッピー☆パラダイス」
「何それ」
「こないだ宗教勧誘に来たおっちゃんが言うてた」

 軽口をたたきながら頼まれたものをバックヤードから運び出す。スコップに懐中電灯、鉈にバールに高枝切りばさみ。この辺は外を出回る際に必要な武器といった所だろう。ヨースケと陸朗は運よく遭遇しなかったものの、店舗について早々にガラス張りの店内からソレを見た。
 うねうねとした触手、のようなもの。本体には人の目玉のようなものが点在して、B級映画のような作りのトゲがびっしりと生えていた。ヌタウナギのように連なる細かい歯がびっしりと生えており、――考えたくはないが――口と思われる部位に付着している赤黒いものは恐らく動物の血だろう。主に二足歩行で、群れを成す。それらを捕食しているものは、どうやら「ばけもん」と仮称されているようだった。
 出来ることなら関わりたくない。それは誰もがそうだろう。けれどこのままじっと待っているだけというのも無理だ。なにせ昨夜、ばけもんたちの一部が”ガラスを割って入ってきた”。
 その場にいた亜人や避難しに来ていた軍人の活躍によって難は逃れたが、このままでは霧が晴れ、ばけもんが去るよりも早くにこちらが死んでしまう。
 園芸用の肥料やペットフードを積み上げ、割れたガラスはテープで補修しなんとか籠城体制は整えられたが、いかんせん武器が無くてはいざという時に何もできない。……のは、分かるのだが。
 
「これ、何に使うんだろうな?」
「さあ?」

 瓶いっぱいのオイルに沈められた花々。大きさはそれぞれで手のひらに収まるものからその倍のサイズまで、幅も広いもの狭いもの、丸いもの四角いもの。様々にあるが、それは近年流行しているハーバリウムと呼ばれるものだった。
 観賞用のそれは特に武器になり得るとは思えない。いや投げつければそれなりに打撃は与えられるかもしれないが、瓶が割れてオイルが散ればそれなりに危ないんじゃないのか。よく知らないけど。
 何はともあれこれで指定されたものはこれで全部になる。一体何に使われるのかは、おのずと分かるだろう。



「悪いね、こんな時に。本当はゆっくりしてもらうのが良いんだろうけど、正直助かるよ」
「いえ、俺らが言い出したことですから」

 ダンボールを積み上げ終わると、店長である柿田から労いの言葉が掛けられる。見た目通り人当たりがよく、半分混乱に陥っているこの場所で誰よりも状況を打破しようと走り回っていた。
 
「それにしても、コレ何に使うんですか?」

 しげしげと手に取ったハーバリウムを見る。と、店の奥から長い金髪をなびかせながら人が近づいてくる。
 
「おお、待っていたぞ! 材料はこれでちょうどだな」
「おっべっぴんの兄さんやん」
「ありがとう、少年。私の美しさを理解できる人と出会えるのは実に幸運だ。後は私に任せておきたまえ。最高の武器を作ってみせよう!」
「えっ武器になんのこれ?」
「そうとも! 美しいものが散り行くのは心苦しいが、それもまた美の一つであることは知っている。最高に美しく燃え上がるように調整してみせるさ」

 ウインクをひとつ、星を飛ばしながらハーバリウムを抱えて店の奥へと戻っていった。

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柿田コウさん、カロカ・ガティアさん
→お借りしました。

不都合ありましたらパラレルとして扱ってください。