旅のしおりと霧の島・後2

 ハーバリウムを青年に渡してから、数分後。
 
「さあ、完成だ! 美しいまま機能性を高めた、≪ハーバリウム・ボム≫!」
「何をしてるのかと思えば、またトンチキなもの作ってたんだな……」
「トンチキとは何だ。この場と”私”に相応しい武器だろうに」
「結局はそこか……」

 先ほどの金髪の男性に、ややげっそりとした面持ちで彼よりも大きな白髪の青年が声を掛ける。対照的に金髪の男性は嬉々とした顔でその手にあるハーバリウム・ボムなるものの説明を始めた。
 見た目はほぼほぼ変わらないが、瓶のフタ部分に取り付けられた導線と、中のオイルの割合を変更、さらに花の中にカプセル入りの火薬を入れたことによって、「一度火がつけば燃え上がり、かつ爆発することによってばけもんの触腕を吹き飛ばすくらいはできる」代物らしい。
 
「へえー。あの兄さん賢いんやな」
「いや、でも、あの導線短くないか……?」

 瓶のフタにある導線は僅か1センチ。多く見積もっても2センチは無い。あれでは着火し投げつける前に爆発するだろう。というか、まず火をつけること自体が危険だ。
 
「どう見ても機能性に欠けるだろうが。着火したとたんに爆発するぞ」
「だがこれ以上長くしてみろ。――不細工だ」
「武器として機能させる気あんのかお前」
「……ふむ」

 青年たちがああだこうだと漫才を繰り広げていると、そこに初老の男性が進み出る。黒いロングコートに帽子を着こなした、いかにも紳士といった出で立ちの、背筋の通った男性だ。
 
「Entschuldigung(もし)、青年たち。よろしければそれを一つ、譲って頂けないかね」
「もちろんいいとも! 一つと言わず、いくつでも持って行くがいい!」
「……コレ、使い物にならないと思いますけど」
「なに。”投げつけた瞬間に火を付ければいい”のだ。投げる役は、そうだな。ルートヴィッヒ」
「えっ俺? そいつを投げればいいの?」

 初老の男性より幾分かラフな格好をした青年にハーバリウムが手渡されようとしたその時、「投げる役」という単語に反応した人物がもう一人いた。
 
「あっ、あの! それ、あたしが投げちゃだめですか?」
「女の子がやるにはちょっと重いし、難しいと思うけど」
「大丈夫です、投げるのは慣れてますから」
「彼女の腕前に関してはおれが保証しますよ。なんたってこの間も爆竹投げられてパンツが穴だらけになったのなんの」
「…………」

 らんらんと目を輝かせて進言した赤毛の少女に、同じく赤毛の男がフォローを入れる。少女からの冷ややかな視線をものともせず、男はうっすらと笑ったままだ。店内に避難している人々の「どういう関係性だよ」という心のツッコミすら意に介さないらしい。
 
「ならばお嬢さんに頼もうか。しかし資源には限りがある。外れたら以降は退がっていなさい」
「外したりしません。絶対」

 自信に満ち溢れた眼をした少女に、ハーバリウム・ボムを託す。何度か軽く投げては受け止め重さと形状を確認すると、二人は店の入り口へと歩いていく。
 
「丁度いい。あの個体としよう」

 店の入口からちょうど真正面。少し離れた場所に、濃霧で見辛いがばけもんがいる。何があっても扉はすぐに閉められるよう、開けた隙間は手製の爆弾が通り抜けるほぼギリギリの大きさ。冷たい霧がふわりと足元を掠めていく。
 
「タイミングは君の自由だ。いける時に投げなさい」
「あの、火は……?」
「なに、私は亜人だからね。種も仕掛けもその場で用意出来る」

 ふっと笑ったその人になるほどと頷いて、少女は一つ深呼吸する。そうしてばけもんを見据えながら(これは彼女の癖のようなものだろう)手の中でくるりと爆弾を回し、ぽん。と軽く、的確に投げ入れた。
 ばけもんは光を反射してかがやくガラス瓶に誘われてか、意識をこちらに向ける。その瞬間、初老の男性は右目に付けていた眼帯をずらし、”導線を発火させた”。
 突如、すさまじい爆発音と爆風が辺りに広がる。投げ放った瞬間にドアを閉めていなければ、店内の何人かは怪我をしていたことだろう。
 爆風が収まると燃え盛る火が目の前に広がっている。ばけもんは奇声を上げながら逃げ惑い、溶け――死骸となった。
 歓声が上がる。絶望的なこの状況において、得体の知れぬばけもんに対する致命的な死は何よりの前進だった。
 
「ブラボー! お嬢さん、よろしければ名前を伺ってもよろしいかな?」
「灯兼岱赭です。あの、ありがとうございます!」
「礼を言うのはこちらの方だよ、タイシャ君。よろしければ次も頼めるかな?」
「はい、任せてください!」

 作成されたハーバリウム・ボムが次々と店内入り口前に運ばれていく。その最中、ヨースケも興奮を隠しきれないようだった。元々関東出身の彼にとって、祭りや祝い事の騒ぎはこれ以上とない楽しみの一つだ。これで目を輝かせないはずがない。
 追加のハーバリウムとその他材料を頼まれて倉庫へと急ぐ最中、これ以上ない楽しそうな声で陸朗に話しかける。
 
「シーアイランドは行けんかったけど、これはコレでアリやな!」
「いや、ナシでしょ」


---------------
カロカ・ガティアさん、澱燥ヘドロさん、アルノー・B・V・イェーガーさん、ルートヴィッヒ・Z・V・イェーガーさん、丹波公雉郎さん
→お借りしました。

不都合ありましたらパラレルとして扱ってください。