螺子は巻き戻らない



「なんだ、二人そろってこんな所にいたのか」

 ガラリと無遠慮に医務室の扉を開けると、調査団一行において二人目の医療メンバーであるフラウ・ミンゴレッドと、先ほど救出されたばかりのアコモ・デートラックが腰掛けていた。アコモの前には飲み物が置かれており、誰がどう見ても自失状態の彼女を放っておけなかったフラウが誘ったのだろう、と予測がつく。ジャックが入室したと同時に慌てて目元を拭ったアコモが、恐らく涙していたのだろうことも。
 
「おい、せめてノックくらいしろ」
「ああ、すまなかった。メディカルチェックも終わった後だから誰もいないと思っていたんだ」

 言いながら二人の側を横切って医療棚の引き出しを開ける。目的は酷使した肉体の急速な疲労回復を促すもの、すなわち湿布だ。今になってじわじわと身体を侵蝕する筋肉痛と瓦礫や正体不明生物Zの襲撃によって負った打撲などで所々の動きに支障が出ている。明日は一切気を許さないトメニアへと上陸、もとい偽装入国するのだ。少しでも体調を万全にしておきたい。
 目当ての湿布を入手して戻るかと振り返ると、アコモの腕が蒼く――調査団内の人間には見えないのをいいことにあまり言ってはいないが、自身の背や腕に現れているのと同じように、蒼く――変色しているのがちらりと見えた。「ふん」、思わず鼻で笑う。
 
「凍結症状か。特に問題なさそうに見えたところから、第一段階といったところか?」
「……っ」

 指摘された彼女は空虚な片腕側の襟を掴み、顔を歪める。ぎらりと眉間に皺を寄せてフラウがジャックを睨み付けた。
 それを意に介さず、尚もジャックは言葉を続ける。
 
「まあ、そうだろう・・・・・な。一時的とはいえ獣型に喰われて全く何もなかったという方がおかしい」
「オイ」
「大方、近くにいた子供でも庇ってそうなったのだろう? 君は甘いところがあるからな」
「オイ! テメェ何言ってんだ、それは今言う事じゃねえだろうが!」
「馬鹿を言うな! 今言わずにいつ言うんだ!」

 立ち上がり詰め寄るフラウを真正面から見つめて、それでもなおおどけたように肩をすくめジャックは話を続ける。
 
「その様子は『助けられた』、『助けられなかった』、『模範であるべき自分が』と、正義感からくる自傷行為にでも耽っているんだろう?」

 アコモは黙っている。
 
「それに、そうだな。『凍結すればもう誰も助けられない』、といった所か? 足手まといになった自覚だけはあるんだろう」
「ジャック、テメェ!」
「俺は何か間違ったことを言ったか? アコモ・デートラック」
「……いいや」

 襟を掴みかかられるもアコモへ問いかけ、その問いに答えられる彼女は力なく首を振った。
 
「いいや、その通りだ。アタシは皆に迷惑をかけた。それだけじゃない。……このままでは遠からず、誰よりも無力になる」

 きつく、白衣を握るその手が白くなるほど、きつく握りしめて俯く。
 
「アタシに、あの子たちを打つ資格なんてないんだ、分かっている」
 誰よりも大きく、母であろうとした女性が肩を震わせている。いつだって笑っていた彼女のその姿はあまりにも痛々しい。
 
「……ジャック、何が言いたいんだ。テメェだってアコモを助けに行ったんだろう」

 感情に任せて襟を掴んだ手を緩めて、少年の姿をした仲間に問う。ジャックはその質問に驚いたような表情を一瞬見せたかと思うと、とんでもない! と声を上げた。
 
「冗談はよせ! 俺は高圧放水銃の実験のために行ったんだ! 断じてアコモ・デートラックを助けるためじゃない!」
「は……? テメェ、何言って.……、テメェが先導したんじゃねえか!」

 アコモを見捨てて船を出す、というDr.Arkの判断に渋る財団員の中で、誰よりも早く放水銃を使うことを提案したのはジャックだ。それは間違いない。確かに「実験」とは言っていたが、あの一言で彼女を助けに行くと決断した財団員は多かった。それは彼が先導したも同じなのだ、それなのに。
 
「開発は実験しなければ効果は保証されない。実験が行われなければそれは開発とは言わない。俺は性能を確かめに行ったにすぎん」

 あまりに予想外だったのか、緩んだフラウの手を襟から離してジャックは少々乱れた衣服を整える。そうして再びアコモへと向き直った。
 
「自傷行為は勝手だがな、誰もが君の為に動いたわけではないことは理解しておけ」
「……確かに、そうだろうな。それでも、アタシの為に犠牲が出たのは事実だ」
「フラウ・ミンゴレッドと同じようなことを言っても効果がないというわけか。なるほど」

 えっなんでコイツ似たようなこと言ったのを知ってるんだ? という顔のフラウをその場に残したまま、さらにジャックは言葉を続ける。
 
「知っているか? 人間というのはな、基本的にエゴでしか動かないんだ」

 俯いていたアコモが顔を上げる。
 
「純粋に財団の為、なんて理由で乗ってるのはおそらくDr.Arkくらいなものだろう。金が欲しい、名誉が欲しい、世界を回ってみたい。そういうエゴの塊が大半だ。それは君がほんの数時間戯れただけの者を庇ったのとなんら大差はない」

 エゴ。利己的な益を求めること。誰かを助けたいという気持ちも、誰かを愛したいという行為も、愛されたいという衝動だって突き詰めればそれはエゴイズムに他ならない。
 
「他の財団員がどう思って行動したのか俺は分からん。だがな、少なくともそれはオルトルイズムではない。例え誰かの為に行動したと思っても、その根底には『そう行動した自分を褒めてほしい・・・・・・・・・・・・・・・』という承認欲求があるものだからな」

 咀嚼する。言葉の意味を。年に見合わず、いいや、彼の中の記憶からすれば年相応ではあろうが、ジャック・ライアーは遠回しな言い方をする。それは彼の性分でもあり、如実に人柄が現れているとも捉えられる。
 誤解されやすい性格だ、とアコモは認識している。本人に言わせれば誤解でも何でもないのだが、とにかく捻くれた物言いが多い。相手を怒らせたり、苛つかせることも度々あるようだ。そのくせ、年下には優しく接するし認めた年上には従順でもある。
 咀嚼する。正しく受け取るために。きっと各々が自分勝手に行動した結果であり、経過ではないのだと言いたいのだろう。皮肉も含まれてはいるが、慰めているのだ。慣れないくせに不器用に。
 
「アンタの言いたいことは分かった」

 それでもまだ、立ち直れない。自分の無力さを振り払って前に進めるほど、そんな軽い躓き方をしたんじゃない。自分だけの問題ではなく、何よりも大切な人たちを死に追いやるかもしれない、その恐怖が付きまとっているのだ。
 それでも言わなければならない。アコモ自身の為では決してない。
 
「でもね、皆が皆、アンタみたいな人じゃないよ」

 何よりも助けようと動いてくれた仲間の為に。
 ずっとずっと凍結が進んで、きっと満足に動けなかったであろうサマンサ。冷えた身体を引きずって、それでも助けようと動いてくれたウルムとルル。他にもたくさんの、たくさんの財団員に救われた。
 助けられなかった。今起こってる現象が落ち着いたとしても、戻るかどうか分からない。一生そのままかもしれない。自分が殺してしまったも同然だ。自責する。けれど、伝えなければならなかった。言葉にしなければならなかった。
 無駄にはしたくない。無駄にはしない。絶対に。
 彼女の言葉に口の端を釣り上げて、満足そうに少年は笑う。
 
「何をどう足掻いたところで、螺子は巻き戻らない。なら巻き続けるしかないだろう」

 前を見て、ただ進めと。
 少年は不敵に笑った。
 

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こちらの流れを借りております。
アコモ・デートラックフラウ・ミンゴレッド
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