「こんにちはー! 西京学園でーす! おねがいしまーす!」
人畜無害な間抜け面を晒しながら、近くの鉄柱に手錠で繋がれた生徒が道ゆく人になにやら薄い紙を渡している。はい、ドーゾー! と勢いに押されて受け取る人はいるものの、それが一体何であるのか分からずに受け取っている人が殆どのようだ。用紙の表紙を見て、ああ、と納得する人が目に見えて多い。
「照くん……」
その様子を見兼ねてか、繋がれた生徒の相方――もとい、鉄柱に生徒を繋いだ本人が呆れた声を出す。
「学園の宣伝だけしても、何が何だか分からないと思うよ」
「えー。じゃあどう言えばいいんだ?」
「催し物のパンフレットです、とか?」
「もぞー……? の、パンブレッド?」
「もよおしもの、ね。あと、パンフレット」
「あっ、こんにちはー! モゾーのパンです! どうぞ!!」
救いの手を差し伸べたつもりが仇になるとは思わなかった。受け取った人は困惑の笑みを浮かべながら勢いに押されてパンフレットを握る。
(話には聞いてたけど、まさかこんなに酷いとは……)
本人の目の前で隠すこともせず、暮月郁美は頭を抱えた。
「ごめん、照くん……。やっぱり学園の名前だけ言って渡していいよ……」
「そーなの?」
知っている単語を言えばいいだけだと分かったからか、パンフレットを配る際の言葉は冒頭に戻った。まだまだ大量に抱えているパンフレットの束が、さらに重く感じた。
*
文化祭準備に追われる会議にて、問題児・照恒三郎の相方を決める際、彼が所属する自治団体は揉めに揉めた。もちろん、誰がおもりをするか、でである。当の本人は会議中にも関わらずすやすやと寝息を立てて幸せそうに眠っているし、その間にどうにかして相方を決めてしまいたかった。
本当に高校生なのだろうかと疑いたくなるほどの頭の不出来によって、言葉が通じないことや意味を履き違えて捉えられることが多々あったため、ひととなりは悪くなくとも誰も進んで相方になりたくなどないのである。しかし曲がりなりにも学生自治団体の一員であるからには、文化祭などの大きな催事には役目を果たして貰わなければならない。
さてどうしようかと悩んでいる時に白羽の矢が立てられたのが、暮月であった。ただ単に私用で会議に遅れただけだったのだが、入るなり現団長である鳳輦寺秘臣と副団長の袈座宮遊鶴にあれよあれよと決められてしまったのだ。職権乱用、という言葉が浮かびはしたものの、皆一斉に口を噤んでいた。
「暮月、がんばれよ……!」
「アイツからは絶対目を離すなよ! あとどっかに繋いでおけ!」
「大丈夫、大丈夫。バカだけどいいヤツだから」
そんな生ぬるい声援とアドバイスだけを残して。
*
「照くん、よく自治団体にいれるね……」
ほんの少し人通りが少なくなった所で、暮月が声をかける。毎度成績についてああだこうだと言われているにも関わらず自治団体なんてものの活動を続けられていることに、ある意味感心したのだ。
パンフレットを配る手は休めずに、えー? と返事をすると、すぐさま答えが返ってくる。
「だっておれ、ほとんど迷子のイヌとかネコ探すのばっかだもん。いちばん早くに見つけられるから助かる、ってよく言われるぜ!」
「ああ、そう……」
それは単に異能をいいように使われてるだけだよ、とは言えず、どこか鼻高々な照を横目に暮月は再びパンフレットを配り出すのであった。
まだまだ文化祭は始まったばかり。これからさらにくるであろう人の波に備えて、重い紙束を気合いを込めて抱え直した、11時前。
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暮月郁美くん
→お借りしました。