「ほーまーれちゃーん!」
ガラガラと引き戸を開け、馴染みの店へと顔を出せばすぐさま自分へと声がかかった、大声で。
声をかけてきた人物へと視線を向けると、こっちこっちと手を振っている。カウンター席にほど近い四人ほどしか入れない半個室から顔をだし、今日も今日とて上機嫌に笑っている。
呼ばれ慣れない下の名前に微妙な顔をしつつ、呼ばれた席へと向かっていく。どうやら呼びつけた人物は早くも呑みはじめているらしく、傍には一本の日本酒が置かれていた。
「松葉さん、下の名前で呼ぶのやめません?」
「んー? なんでですのん?」
同じ店長という職に就いている六つ下のこの青年と酒を飲み交わすようになったのは、はて、いつごろからだったか。お互い時間があえばこうして居酒屋へと足を運び、休日明けにはほぼ必ずと言っていいほどこうして席を共にしている。
なんでなんでと子供のように訪ねてくる松葉に慣れないと伝えると、今度はだってと言い始める。
「前に匙谷さーん! って呼んだらほかの人も一斉に振り向いたやないですかー」
「だから大声で呼ぶのをやめましょうって」
「えー……。それは、や」
「ええー……」
「いやなもんはいやや!」
いややー、いややー! とはしゃぎけらけらと笑う。普段愚痴に付き合って相槌を打ってくれている彼とはまたどこか違うその姿に、ひとつの仮説が匙谷の脳裏にひらめいた。
「松葉さん」
「んー?」
「酔ってます?」
今まで浮かべていたものより一層笑みを深め、にたりと笑うと、松葉は意気揚々と匙谷に返事を返した。
「うん! 酔っ払いやで!」
まあたまには、相手をしてもらうのではなく相手をしてやろう。とても面倒そうだけれど。
近くのコップに日本酒を注いで一口煽ると、何でもないことをだらだらと話すのであった。
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もへじさん宅の匙谷誉店長と。