彼が記憶を辿る道。




 廊下からドタバタと走ってくる音が聞こえる。彼が入っていったのは保安理事室。

「うーっ、寒い!」
「あら清華。いらっしゃい。訓練の帰り?」

 ハミルは部屋に入ってきた彼、清華に声をかけた。視線は湯を沸かしているため、コンロに向けられている。清華はコートを脱ぎながら入口近くに設置されたストーブにあたっていた。

「これだけ寒かったら訓練も出来ないよー」
「あははっ。……でも、確かに冬とはいえ凄く冷え込んでるねぇ。なんだか雪でも降りそうだ」
「雪……」

 ハミルはテーブルの上に淹れたてのコーヒーを二人分おくと、窓の外をみやった。空はどんよりとした灰色の厚い雲に覆われている。そこに普段見える青空の姿は欠片も見当たらなかった。

 *

 清華はその頃、兄の珠清を出迎えるため、村の入口で待っていた。手には竜族の者が一人前になった時のみ所持することを許された麒麟の爪を持っている。風花がちらついている中、村から続く道をしばらく見据えていると、向こうの方から人が近づいてくるのが見えた。

「兄貴!」

 清華がそう叫ぶと、集団の先頭にいた赤い髪の男、珠清は清華の元へと駆け寄ってきた。

「清華! しばらく見ねぇうちに、またデカくなったなあ! ……ん? それは――」

 珠清は清華の元へたどり着くと真っ先に彼の頭に手を伸ばし、ガシガシと節くれだったその手で自身と同じ赤髪を撫で回した。ひとしきり満足するまで撫で回すと、ふと視線を清華の手元へと移す。大事そうに抱えられているものをみて、先ほどよりも一層頬を緩めて声を掛けた。

「へぇ、麒麟の爪じゃないか。お前もそんなに自分を扱えるようになったのか」
「うん! だから俺、今度の遠征の時は兄貴と一緒に――!」
「清華」

 一緒に行けるんだ! そう伝えようとした時、言葉は珠清に遮られた。そして彼は硬い皮膚のその手を今度は清華の肩に置き、強い意思をその目に秘め、笑みを浮かべてはっきりと言った。

「俺たちは、もう戦わない」
「え……?」
「俺たちは戦わなくて済むんだ!」

 頭が真っ白になった。自分の兄がなぜこんなことを言ったのか分からなかった。確かに今はどの國も停戦状態だし、戦いに駆り出されることは暫くの間はないだろう。だが、また戦争の幕が上がれば次から次へと駆り出されていくのだ。
 自分たちは戦争の道具のような扱いを受けている。それは村の者全てが知っている事実だった。年を取っていようと、若かろうと、男だろうと女だろうと。その手に麒麟の爪を持つことを許されたものは皆、あの赤い煙が立ち込める場所へと連れて行かれる。
 それなのに、珠清は戦わなくて済む、と言った。言葉とこの状況がどう繋がっているのか、清華には分からなかった。
 それは一体どう言うことなのか。兄の放った言葉の意味を問うと話は後だ、と彼は言う。

「とりあえず、村の者全員を広間に集めてくれないか。俺と一緒に帰ってきたやつらの家は除いていいから。説明はその時、一から十まできっちりするさ」

 珠清は前だけをすっと見て自分たちの家の中へと足を踏み入れていく。彼の後ろについて帰ってきた村のものたちも、次々に自分の家へと帰っていく。清華は呆然としながらも老人や子供達しかいない家へと出向いて、村の大広間へ集まるように声をかけ先導した。兄が何の考えもなしに行動することは考えられなかった。それは十数年一緒にいた清華には誰よりもわかっている事実である。早く村の皆を集めなければ。一刻も早く、兄の話が聞きたい。
 村という表現をしてはいるものの、その面積はかなり広い。何せ竜族の全員がこの村で過ごしている。きっと面積だけならば都心にも引けを取らないのだろうなと思いながらも、この村はれっきとした『村』であった。機械じみたものなど一切ない。ただ土と森が周囲を囲み、大地と共に生きる竜族の習わしがずっと続いていたからだ。
 それに家族を何よりの宝とするこの種族では、人々の数に対して家の数は少なく、大きいのも一つの要因であった。清華はその一軒一軒を村中を駆け回って訪ねて行ったのである。
 そしてようやっと村の大広間に全ての人々が集まったのは、兄との再開を果たしてから実に数時間後のことである。集められた村人たちは今から一体何が起こるのか分からず、ただ珠清に呼ばれたという事実だけを抱えてざわついていた。その喧騒も、珠清が現れると途端に静寂へと切り替わった。
 珠清はいつの間にやら支給されていた軍服から竜族の正装へと着替え、広間へと姿を現した。まっすぐに大広間の中央、石碑の前まで歩みを進めると、一度深く息を吸い込んでから珠清は話し始めた。

「いきなり集めてすまない。今日、いま、この時に、どうしても皆に伝えておかなければならないことがあったんだ」

 溜め込んでいた息を一気に吐き出す。もう一度、すっと前を見据えた。今は亡き族長であった父と同じ色、覚悟を宿した目だった。

「先の戦地で決めたことがある。俺たち竜族は、戦争に加担するのを今回限りで終わりにしようと思う」
「どういうことだ……?」

 珠清の放った言葉について、当然のように疑問の声が上がった。清華も全く同じ気持ちで珠清を見つめる。彼は一つ頷くと、周囲の村人を見回して話し始めた。

「俺は、この國同士の戦争から抜け出したいとずっと前から思っていた。村に帰る度に亡くなった者たちへの儀式をする。そして、心を引き裂かれるような思いをする。目の前で失った俺たちだけでなく、村の家族までもが悲痛な顔をする。俺はその光景を見るのが辛かった。なぜ俺たちがこんな目に会わなければならない? この赤國という土地に生まれた種族だからといって、その力が普通の人間よりも大きなものだからといって、なぜ利用されなければならない? 俺たちだって傷を作れば痛みは走るし、刺されれば死ぬ。病にもかかる。それなのになぜだ?」

 一度言葉を区切ると、知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出した。珠清の言葉はこの村の者全員の思いだった。口には出さない。出せない。それでも皆思っていた確かな共通意思だった。涙が流されるたびになぜ、のその一言を飲み込み、ただただ悲しみに身を任せ戦争に駆り出されていくこの種族の悲運を嘆いた想いだった。

「戦士としてはあるまじき姿ではあると思う。けれどこの前の戦地でそう一人ごちていた時、敵國の兵士が、たった一人で俺たちの陣へと姿を現して言ったんだ。『手を組まないか』と」



「俺と手を組まないか?」

 小さいとはいえど、戦地の隅にたてられた赤國の陣に、一人の敵國の兵士がのこのこと入ってきた。よりにもよって、恐らく世界で一、二を争うであろうと言われる戦力を持つ竜族の部隊が構える陣に。唐突に現れたその男に部隊の戦士たちは一斉に剣を抜いた。珠清はそれを敢えて解かせず、しかし攻撃はするなと釘をさして、男に近づいた。抜刀こそしていないものの、その手は愛刀の柄に添えられていた。

「その軍服……、黄國の兵士か。何のためにここに来た。お前は何を企んでいる」
「まあ待て、それは今から話すさ。とりあえず俺は強襲をかけに来たわけじゃない。俺以外には誰もいない。拘束して周りを確かめてきてくれたっていい」
「その必要はない。お前以外の気配はないからな」
「へぇ、やっぱ竜族ってのは人よりもいろんな部分が発達してるのか」
「そんなことはどうだっていい」

 いつまでたっても目的を話そうとしない招かれざる客人に対し一歩間合いを詰めた戦士たちを押しとどめて、珠清は未だ警戒心を解かぬまま一つずつ質問をしていくことに決めた。

「これから問うことに完結に答えろ。お前は敵か。味方か」
「どちらでもない、というのが正しいだろうな。あんたたちが俺の提案を拒めばまた敵同士。元通りさ」
「要求を拒まれれば自分の首が飛ぶことを覚悟の上で来たわけか」
「まあね。それだけのリスクを犯しても惜しくないことなんだ、俺にとって」

 ふっと笑ったその兵士は薄い茶金色に灰色の瞳、左頬に刀で切られたと思しき傷が刻まれていた。二十代半ばの若々しい青年だ。恐らく珠清とそう年は変わるまい。
 肝の据わったその兵士を一目置いた珠清は周りの戦士に剣を収めるように指示した。未だ視線は警戒心が解かれぬものの、これで幾分か話しやすいだろう。彼自身も愛刀から手を離す。

「いいだろう。それで、お前は俺たちに何を持ちかけに来た?」

 男はそうこなくちゃとばかりににっと笑みを深め、珠清から目を離さず凛として言い放った。

「俺はこの世界に新しい國を築こうと思っている。その為に人材を集めているんだ。手を貸してはくれないか」
「新しい國、か。面白そうではあるが、その國とやらを築いてどうする? 今ある國よりも強大な力でも手に入れて、この戦争を終結させるとでも言うつもりか?」

 淡い夢だと哂った。さらに言うならば、馬鹿げていると思った。今までと同じように、もしかすると今まで以上に同胞の血が流れるところを見なければならないというのなら、この男はただの馬鹿だと。
 しかし珠清のその言葉を切り返したのもまたその男だった。

「まさか! 俺は戦争がしたいわけじゃない。そもそも、こんなことをして何になる? 得をするのはいつだって世の権力者や富豪の屑どもだ。それも物質的なものじゃない。奴らのプライドを守るためだけに起こす争いなんて無駄以外の何ものでもない」
「ならなぜお前は俺たちに提案を持ちかける。それは軍事力欲しさじゃないのか?」
「戦争はしないし、させない。だがいざという時の自衛団が必要だ。この戦乱の時に武力を捨てる勇気は必要かも知れないがそれだけでは本当に守るべきものを守りぬくことは出来ない。だからそのために」
「力を貸せってことか」
「協力をしてくれるだけでも構わない。もし俺の立ち上げる國が成立したとして、そこに侵略行為を仕掛けないと約束を交わしてくれるだけでもいい」

 珠清はじっと男の目を見つめた。男は決して目を逸らそうとはしない。その瞳の奥の決意が揺らぐ様子も見えない。怯えもない。酔狂な夢物語を語るだけの人物ではないと、珠清は確証はなくとも確信を得た。

「お前、名前は」
「レハスだ」
「俺の名は知っているか?」
「失礼ながら存じ上げない。竜族の長ということくらいしかな」
「なら、今更にはなるが名乗らせてもらおう。珠清だ。お前の掲げる國の理想像とやらを聞かせて貰いたい。全ての決断はそれを聞いてからにしたい。いいな?」
「感謝する」

 レハスと名乗った男は珠清の行動と言葉に張り詰めさせていた緊張が少し緩んだのか、彼に向かって人好きのする笑みを見せた。おもむろに膝を折り曲げその場に胡座をかくと、周りにいる他の竜族の戦士たちにも伝えるように見渡しながら話を始めた。レハスが話し始めると、彼に習って珠清がその場に座り込む。それに倣い、他の竜族の者たちも次々と二人を囲むようにして座り始めた。

「俺はまず、どの國の領域にもなっていない南の海域にある島々を一つの國として築こうと思っている。先程も言ったようにこのくだらない戦争を止めさせるためだ。各國は今、食料や武器、その元となる資源が不足していてそれを補うのに手一杯の状態だ。もうすぐ停戦状態になるだろう。その時、國に対して多くの人が反乱を起こす。それを各國々で行えば、必ず世界が混乱状態になるだろう。その時に乗じて、立國宣言を掲げるんだ。戦力が不明、さらに周囲を海で囲まれどこに敵が潜んでいるか分からない状態の國だ。いきなり攻め込まれることはまずないだろうし様子見という形になるだろう。だが、俺たちから戦争は仕掛けない」

 そこで一度言葉を区切ると、レハスはこの場に現れた時と同様に――それよりも一層凛とした声で――、一つの宣言をした。

「その國は、“非戦争・自由國家”を掲げるからだ」

 息を呑むもの、目を見張るもの。隣のものと視線を交わすもの。様々な反応を見せる中で、珠清だけはずっと彼をまっすぐに見つめていた。レハスはその視線を受けながらも悠々と話を続けていく。夜は次第に明けていく。深い闇色から青色にかけて見事なグラデーションを描き、時間の移りゆくさまを感じ取ることができた。

 「そうして國々が留まっている間に、他の國のお偉いさんたちと対話を進めていき、戦争の考えを抑える。簡単に上手くいくとは思っていない。だが、誰もが望むのは平和だ。國の利益や領土じゃない。ましてや権力者たちのプライドなんかじゃない。――そのために出来ることは、全てする。何年掛かるかは分からない。それでも必ずやり遂げる」

 一通りの大まかなプランを聞いたところで、今まで黙って聞いていた珠清は手を上げてレハスの言葉を遮る。

「わかった。確かに、各國では戦争への着手の仕方が違う部分がある。単純に全ての國が利益のためだけに戦っているわけではないのは知っている。だからお前の提案に乗る国も少なくはないだろうし、やり方によってはほぼ全ての国と永久的な停戦条約を結ぶことくらいは出来るだろう。だが、それでもほとんどの國は、だ」

 遮るために一度挙げた手を膝へと戻し、拳をつくる。そうして僅かながら身を乗り出して、彼は理想を語る青年に問いかけた。

「黒國はどうする」

 その問いに、青年は簡単さとばかりにふっと笑った。

「流石にあの國は口説けないからな。時が来たら迎え撃つさ」

 一瞬の迷いもなく放たれたその言葉。それは迎え撃つ時が必ず来ると確信しているからこその言葉だった。

「――そうか」

 その言葉を聞いた珠清は一言だけ言い放ち、前屈みに立ち上がる姿勢を取った。そしてそのままレハスの肩に手を置いて、力を込める。

「奥へ隠れろ。伝令に見つかれば命はないぞ」

 その言葉に頷き、すまないと言葉を掛けると、レハスは珠清が声を掛けた近くの戦士と奥へと姿を消した。そのすぐ後、ほんのすれ違いざまに赤國の伝令兵が竜族の陣へ姿を現した。その表情はどこか影が差しており、吉報ではないことが見て取れる。
 軽く馬をいなしその場に降り立つと、兵は珠清の前に片膝をつき一度深く礼をする。そのままの姿勢で己の職務を全うしようと口を開いた。

「相葉大将より伝言をお伝えします。これより先の進行は不利とし、すぐさま部隊全員を連れて自國へと引き上げよ、と」
「分かった。日が昇りきるまでにはここを払おう。大将殿にもそうお伝えしてくれ」
「確かに承りました。……それでは、私はこれで」
「苦労をかける」

 もう一度、今度は立ち上がり一礼すると、再び馬に乗り上げ、蹄を響かせて主君の元へと去っていった。
 暫くして身を隠していたレハスが再び陣内に現れると、珠清は彼に一つ、どうしてもこの場所を払う前に確認しておきたいことを問いかけた。

「レハス。俺たちはこれからどう行動を起こせばいい?」
「そうだな」

 ひとつ頷き、そしてまた、寄せられる視線の全てに答えるようにまわりを見回しながら、レハスは彼らの行動について答えを出した。

「まず、あんたたち竜族の者全員にこのことを伝えてくれ。そして――」



「――そして逃げる用意を、と」

 話が一区切りついたところで、また集まった人々の間にざわめきが生まれた。そして当然のように、一人の壮年が疑問を投げかける。

「ちょっと待ってくれ、珠清。その敵国の男の言い分を、いきなり信じろっていうのか? そいつは敵なんだろう?」

 そうだ。敵國の兵士なのに。それも作戦の内かもしれない。こちらが攻め入られたとしたらどうするんだ。
 もっともなその意見を先頭に、ささやきあう様な声量で批難の声が上がる。それはあくまでも意見である、個人の主張であるとするかのように、誰も珠清の目を見て話すわけではなかった。だがそれは、村に残っていた自分たちの確かな心境であると清華は口にすることはなくとも、誰よりも珠清の目を見据えていた。
 共に戦地に出ていた人々はその場に出ていたから分かるかも知れない。しかし今しがた帰ってきた家族を迎えた自分たちにそんな話をされても、誰も彼もがすぐに信じることは出来ない。同じものを同じように共有できないということが、こんなにも意見が分かれる原因となるのを、清華はこの時まで知りもしなかった。
 いくら耳を傾けども収まる様子をみせないその意見たちに、痺れを切らしたかのように珠清はようやっと口を開いた。

「皆思うところはあると思う。共有することの出来ない事態だからこそ、余計に不安を煽ってしまっているのはわかる。――だが、父である清羅が亡くなった今、この村を、竜族を束ねるのは長である俺だ」

 水を打ったように大広間は静まり返った。

「俺が、その男を認めた。俺を信用してはくれまいか」

 大昔から存在するこの種族には掟がある。狩猟で得た獲物は分け合う。実りの時期は皆で喜び合う。新しく子が生まれた時には村の長が名付け親になる。そして、長の決めたことには必ず従う。
 これは今竜族の長である男が下した決断であり、その家族たちはそれに従わなければならない。身勝手で、横暴で、自己利益のためだけのものではない。初めから男は話していたではないか。もう家族を失いたくはないと。
 あるものは頷きあい、あるものは手を繋ぎ。誰もが珠清を見つめていた。清華も同様に、兄のその強い信念の姿をしっかりと己の双眸で見つめていた。
 そこには確かに、ばらけていたものが一つの意思として纏まっていた。同じものを同じように分け合うことはできなくとも、信じるものをあるがまま信じることで、この大きなおおきな家族は一つとなったのだった。

「夜が明ける前にこの村から船で沖へ出たい。皆は準備をして備えてくれ。時間はないが、頼む」

 その空気を感じ取って力強く頷くと、珠清はそう指示を飛ばした。

「ねえ、兄貴! ひとつ聞いてもいい?」

 膳は急げとばかりに動き出した村人たちも、準備をしようと自宅へ歩き出した珠清も、その一声に思わず立ち止まった。皆の意思は固まった。けれど、どうしてもはっきりとしないところがある。どうしても清華ははっきりとさせておきたい所があった。

「どうやって、この國を混乱させるつもりなの?」

 さきほど確かに、彼の話の中に反乱と混乱の二文字があった。しかしそんなものは直ぐに今このタイミングで犯せるわけがない。例え國に知られないようにこっそりと沖へ出ようとしたって、すぐに見つかっておしまいだ。この村だって距離を置かれてはいるものの、常に國の監視下に置かれているのだから。
 振り返り彼は笑う。いつだってそうだ。戦地へ駆り出される時だって、彼はいつも笑っていた。

「心配するな。ちゃんと考えてあるさ! お前は何も心配せずに、準備を進めてくれればいい」

 多くの村人はその一言で動き出した。何よりもまず、自分がやるべきことを成すために。
 けれどその笑顔と声で、不安をぬぐい去ることは出来なかった。清華は人がどんどんと捌けていく大広間の石碑の近くに、暫くの間一人ぽつりと佇んでいた。